「不動産と株でひとり経営」

地方で不動産賃貸と株式投資で生きています。思った事や感じた事、投資や書評について書いています。

華の大学時代  〜青春の全てを捧げた黄金時代〜

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おはようございます。なごみです。

 

今日は自分の大学時代の話。

 

中学でいじめにあい、高校で地元を出たいと決意し、猛勉強に励んだ末、私は龍谷大学法学部へ見事進学を果たす事が出来た。

 

夢にまで見た、一人暮らし。全てに可能性があると信じていた。

将来は弁護士も悪くない、いや、固く公務員でもいいか。

などと考えていた。

 

龍谷大学立命館関西大学の滑り止めとして使われる事が多く、3分の1くらいが浪人で、法学部は特に1浪した人が多かった。私は第一志望の大学に入れたので全く後悔はなかった。

 

最初に仲良くなった人やゼミの中では、パチンコやバイトにはまり大学に来なくなり、中退していった人もいた。私は心の中で馬鹿だなと思いながらも、自分は絶対に卒業すると固く誓った。

 

友人もたくさんできた。

法学部から経済学部、経営学部まで、幅広く、韓国人の友人もできた。今は大学の教師をしている。それはやはりサッカーをしていた影響が大きい。サッカーサークルに所属し、サッカーを通せばみんなすぐに仲良くなれる。

 

自分はテクニックに自信があったが、サークルにはうまいやつがたくさんいた。

それでもサークルなどで、ワイワイガヤガヤしながらサッカーを楽しんだ。

 

そしてもう1つオールラウンドスポーツサークルに入り、理由は女性と仲良くなりたかったから。サッカーサークルは野郎ばかりだった。

そこでコアとなる友人とつるむようになる。彼は、現在、三菱地所レジレンスで役職をしている。超一流企業だ。

 

先輩、後輩、仲間にも恵まれ、彼女もでき、夏はバーベキュー、冬はスノーボードなど、ただ1度の大学時代。思う存分遊び、お金がなかったのでバイトし、勉強はあまりしなかった。

 

目に映る全てが新鮮で、何もかもが楽しく、こんな日々がずっと続けばいいと思っていた。

 

私の頭では弁護士は無理だ。勝手にそう決めて勉強はほとんどしなかった。

 

20代特有の、今が永遠に続くような感覚である。

気力、体力、頭、全てが充実していた。

 

 

まさに人生の黄金時代だった。

 

そう、あの悪夢の就職活動が始まるまでは。